生成AI時代だからこそ、
教師は「話す」より「聞く」

正頭英和先生のセミナーをきっかけに、授業、ICT担当の仕事、家庭での子どもとの関わりを振り返りました。

子供の話を聞きながら生成AIも学びに生かす教師
生成AI時代だからこそ、目の前の人の話を聞く。

生成AIの話を聞きに行ったはずなのに、私の中に一番強く残ったのは「これから教師は、今まで以上に人の話を聞かなくてはいけないんだろうな」という、とてもアナログなことでした。

この記事での整理

「ネタバレ世代」、『鬼滅の刃』の例、「1000円ゲーム」は正頭英和先生のセミナーで紹介された内容です。それ以外の授業、ICT担当、家庭での話は、そこから私自身が考えたことと実体験です。セミナー内容の再現ではなく、私自身の教育実践への振り返りとしてまとめています。

01

今の子どもたちは「ネタバレ世代」

セミナーの中で、正頭先生が今の子どもたちを理解する視点として紹介されていたのが、「ネタバレ世代」という考え方でした。私なりに受け取ったのは、「知らないから知りたい」だけではなく、「知っていることを確かめること」にもモチベーションを持つということです。

その例として正頭先生が挙げていたのが、『鬼滅の刃』の無限列車編でした。すでに原作を読み、展開や結末を知っている人が大勢いる。それでも多くの人が映画館へ足を運び、分かっている場面で感動する。「先が分からないから面白い」だけが、人を動かすわけではないということですよね。

この話を聞いて、私はちょっと笑ってしまいました。私も家族と無限列車編を映画館へ観に行ったからです。ただし、当時の私は『鬼滅の刃』そのものをほぼ知りませんでした。映画館を出たあと、「いい映画だったねえ。でも、みんなこれ内容知ってるんでしょ?」と言って家族に怒られました。

今なら少し分かります。知っている物語がどう映像化されるのかを見る。あの場面が来ることを分かっていて待つ。分かっていても泣く。そして「あそこ、よかったよね」と誰かと共有する。「知っている」こと自体が、楽しむための土台になっているのです。

ちなみに、何も知らずについて行った私も、それをきっかけに漫画を全巻読み、アニメや映画もすべて観ました。今では次のクライマックスがどう映像化されるのかを楽しみに待っています。あのとき不思議に思っていた人たちと、完全に同じ側にいるんですよね。

02

「答えを隠す授業」は、本当に今の子どもに合っているのか

私たち教師は、「どうなると思う?」「今日のめあては何だと思う?」「この問題にはどんな秘密があるでしょう?」と、あえて先を見せずに興味を引き出すことがあります。効果的な場面もありますし、私自身もやります。

ただ、「分からないものを提示すれば、子どもは知りたくなる」という前提だけで授業をつくる必要はないのかもしれません。最初にゴールを見せる。ある程度答えを知ってから「なぜ?」を考える。知っているものから始めて、その先にある未知へ進む。そういう入り口の方が学びやすい子もいるはずです。

「昔からこういう授業をしているから」ではなく、「今、目の前にいる子どもに合っているから」と選ぶ。

私たちは「自分が教わったように」教えている

黒板があり、机が並び、先生が前に立つ。授業の進め方も、知らず知らず自分が受けてきた教育を再現しているところがあります。「どうしてこのやり方をしているのだろう?」と聞かれたとき、「自分もこうやって教わったから」以外の理由を説明できるでしょうか。

一斉授業って、気持ちいい

先生が問いを投げ、一人が答え、別の子がつなげ、教室全体で考えが広がって一つのところへたどり着く。私も一斉授業が好きです。いいものは残せばいい。でも、それだけではもう難しいのだと思います。目当て、内容、方法、速さ、場合によっては答えさえ違う学びが、もっと当たり前になっていくのでしょう。

03

そこで生成AIが「伴走者」の一つになる

先生は一人でも、教室にはたくさんの子どもがいます。教師一人ですべてを完全に個別化するのは現実的に難しい。そこで生成AIがあります。

子ども自身ができる質問

「もっと簡単に説明して」
「サッカーに例えて説明して」
「答えは言わないでヒントだけ出して」
「ここまでは分かったから、次に何を考えればいい?」

生成AIは教師の代わりというより、一人ひとりの学びについてくれる伴走者の一つとして考えると、私はしっくりきます。

人は「見たいものを見る」

Google検索、YouTube、SNSは、自分が興味を持ちそうなものを次々に表示します。その結果、知らないうちに自分が見たい世界に囲まれていく。いわゆるフィルターバブルです。

生成AIも、こちらに合わせて説明し、好きな話し方をし、考えを理解したうえで答えてくれます。とても心地いい。でも現実の人間には、意見が違う人、話が噛み合わない人、自分を理解してくれない人もいます。生成AIが一人ひとりに最適化されるほど、リアルな人間とのコミュニケーションが重要になるのではないでしょうか。

04

「面白い話」をしようとして、まんまと失敗した

セミナーでは、正頭先生から紹介されたコミュニケーションのワーク「1000円ゲーム」も体験しました。ここではワーク自体を詳しく再現せず、私が感じたことを書きます。簡単に言えば、相手に「続きを聞きたい」と思ってもらえるように話す体験です。

私は話し手になった瞬間、「面白い話をしなくちゃ」と思いました。何を話したらウケるか、どうしたら興味を持ってもらえるか。まんまと「おもろい話」を狙いにいったわけです。

大事なのは、自分が面白い話をすることではなく、相手が満足する話をすること。

そのためには、まず相手を知り、質問する必要があります。コミュニケーションの本はそれなりに読んできたつもりでも、実際にやると自分の「話したい」が先に出る。まだ身につくまでの実践が足りないですね。こういう失敗ができるから、ワークには意味があるのでしょう。

05

自分が話したいことと、子どもが聞きたいことは違う

教師は「いいことを言おう」「正しい方向へ導こう」「自分の経験を伝えてあげよう」としがちです。子どもが悩んでいれば「先生も昔ね……」と体験談を話したくなる。それが届くこともありますが、その子が今欲しい話とは限りません。

子どもがそのとき欲しい言葉を知っているのは、まず子ども自身です。だったら、こちらが話す前に聞けばいい。

話す前に聞いてみる

「どうしたい?」
「何が一番嫌だった?」
「今、何が気になっている?」
「先生に何をしてほしい?」

こちらが答えを渡す前に、相手の中にあるものを聞く。言われてみれば当たり前ですが、教師をしていると意外と難しいことでもあります。

06

ICT担当でも、家庭でも、私は同じことをしていた

解決策より先に、困りごとを聞く

ICTに関わっていると、新しい機能や便利な方法をすぐ周りへ伝えたくなります。でも相手が困っていなければ、なかなか使ってもらえません。「これ毎回面倒なんだよね」「もっと簡単にならないかな」という話を聞いてから「それなら、こういう方法がありますよ」と伝えると使ってもらえる。解決策を伝える前に、相手の困りごとを聞くことが大切でした。

「いい子」と、最近どんな雑談をしましたか?

困っている子とは話しても、いわゆる「いい子」との会話は「宿題出した?」「今日も頑張ってるね」と、連絡と評価だけになっていないでしょうか。おとなしい子、控えめな子、クールなしっかり者ほど、先生の忙しさを見て話しかけてこないことがあります。何も問題が起きていないときの雑談は、思っている以上に大事なのかもしれません。

自分の子どもにも「連絡と評価」ばかりだった

「宿題やった?」「明日の準備した?」「早くお風呂入って」「今日どうだった?」。何かできたら「頑張ったね」。家庭でも連絡と評価が多くなります。

子どもが「ねえねえ、今日さ!」と話し始めても「ちょっと待って」と言ってしまう。本当に手が離せないこともあります。でも、子どもの「話したい熱」はすぐ冷めます。あとで聞いても「もういい」となる。だから、できるときには熱いうちに聞く。学校でも家庭でも意識しておきたいと思いました。

07

生成AIは「良いか悪いか」ではなく、もう「ある」

情報モラルやルールは必要です。ただ、生成AIそのものが良いか悪いかだけを議論しても仕方がない段階に来ています。もう、あるんですよね。子どもたちは生成AIが存在する社会で生きていきます。必要なのは存在しないことにするのではなく、どう付き合うかを考えられる人を育てることです。

  • 自分に都合のいい答えばかり求めていないか
  • AIの答えをそのまま信じていないか
  • 自分と違う考えを排除していないか
  • リアルな人間ともきちんと関われているか

生成AIを正しく使うために必要なのは操作方法だけではありません。その土台となる「心」と、人とのコミュニケーションが欠かせないのだと思います。

生成AI時代、教師は「よく聞く人」になっていく

生成AIは説明、問題作成、文章修正、考えの整理、一人ひとりの学びの支援を担えるようになるでしょう。だったら教師は何をするのか。私は、「その子を知ること」の価値が、これまで以上に高くなると思います。

すべてを教える人から、子どもを知る人へ。
正解を与える人から、一緒に考える人へ。
たくさん話す人から、よく聞く人へ。

生成AIが教師の仕事を奪うというより、教師にしかできない仕事が、よりはっきりしてくるのかもしれません。

08

明日から三つだけやってみる

  1. 子どもにオープンな質問を一つ増やす「楽しかった?」だけでなく、「今日、一番面白かったことって何?」と聞く。
  2. 普段あまり話しかけてこない子と雑談する困っていない子だからこそ、何も起きていないときに話す。
  3. 自分が教わったから続けている授業方法を一つ探す「これは本当に、今のこの子たちに合っているのか?」と考える。

全部、生成AIを使わなくてもできることです。でも生成AI時代の教育を考えるなら、案外こういうところから始めるのがいいのかもしれません。

生成AI時代だからこそ、人を見る

AIやICTを使う。でも、人とも話す。AIに質問する。でも、目の前の子どもにも質問する。便利なものを取り入れる。でも、自分が昔教わった方法を無意識に繰り返していないかも疑ってみる。

教育を変えるというと、大きなことをしなくてはいけないように感じます。でも実際には、「最近どう?」と一人の子に声をかける。子どもの話を途中で奪わずに聞く。いつもの授業を一つだけ疑ってみる。そんな小さな積み重ねなのかもしれません。

生成AI時代だからこそ、人を見る。
生成AI時代だからこそ、人の話を聞く。

便利なものが増えていく時代に、そんな当たり前のことの価値が、むしろ上がっていくのかもしれませんね。