先日、ABEMA TVで特集されていたデジタル教科書に関する番組を視聴しました。文部科学省が正式な教科書として認定する見通しであることもあり、大変興味深い内容でした。
番組には、デジタル教科書推進派として知られる鈴木秀樹先生も出演されていました。そこで語られていた内容に、私は強く共感しました。
多くの人はデジタル教科書について、
「学力が上がるのか」
「紙と比べて効果があるのか」
という観点で議論します。
しかし鈴木先生が強調していたのは、そうした効果以前の話でした。
それは、「子ども自身が学び方を選択できる」という価値です。
学びの土俵に立てない子どもたちがいる
教室には様々な子どもたちがいます。
文字を読むことに困難を抱えている子ども。
音声読み上げを使った方が理解しやすい子ども。
従来の学習方法では集中が続かない子ども。
これまでの学校教育は、どうしても「みんな同じ方法で学ぶ」ことを前提にしてきました。
もちろん、その方法で学べる子どももたくさんいます。
しかし、その一方で、そもそも学習に参加できていない子どもたちも存在していました。
障害によるものかもしれません。
特性によるものかもしれません。
理由は様々ですが、共通しているのは「学びの土俵に立てていない」ということです。
デジタル教科書やICT機器の本当の価値は、そうした子どもたちを学びのスタートラインに立たせることにあります。
ゲーミフィケーションは学力向上のためだけではない
近年、「ゲーミフィケーション」という言葉をよく耳にするようになりました。
ゲームの仕組みを学習に取り入れ、ポイントや報酬によって学習意欲を高める考え方です。
日本にはNintendoやCapcomをはじめ、世界に誇るゲーム産業があります。
それだけ優れた仕組みがあるなら、教育に活用しない手はないと私は思います。
もちろん、
「ゲーム性を持たせても思考力は育たない」
「時間ばかりかかって効率が悪い」
という意見もあるでしょう。
しかし私は、それは論点が違うと考えています。
重要なのは、学力を伸ばす前に、まず学習に参加することです。
これまで学習への意欲が持てなかった子どもが参加できるようになる。
学習から逃げていた子どもが机に向かうようになる。
それだけでも大きな価値があります。
参加できなかった子どもが参加できるようになることは、教育における大きな進歩ではないでしょうか。
教師一人で全員に最適化することは難しい
私は以前から疑問を感じていました。
子どもたちは興味も関心も得意不得意も違います。
それにもかかわらず、一人の教師が限られた授業時間の中で、全員に最適な学びを提供することは本当に可能なのでしょうか。
正直に言えば、私は難しいと思います。
もちろん、
- 板書
- 学び合い
- ワークシート
- プリント学習
- 自己調整学習
- 協同学習
こうした実践はこれからも大切です。
しかし今後は、それらを目的ではなく「選択肢の一つ」として捉え直す必要があるのではないでしょうか。
大切なのは方法ではなく、子ども一人ひとりに焦点を当てることです。
デジタル教科書は単なる電子化ではない
デジタル教科書というと、
「紙の教科書を画面に映しただけ」
と思われがちです。
しかし実際には、
- 音声読み上げ
- 文字拡大
- 学習支援機能
- 個別最適化
など、多様な支援機能を備えています。
さらに現場では、教科書の重さも深刻な課題です。
ランドセルの重量問題は以前から指摘されています。
紙の教科書を学校に置き、必要な教材をタブレットで持ち帰ることができれば、
- 忘れ物の減少
- 荷物の軽量化
- 家庭学習の充実
といった効果も期待できます。
整理整頓が苦手な子どもにとっても、大きな支援になるでしょう。
生成AIは教師の代わりではなく、学びのパートナー
私は授業の中で生成AIも活用しています。
例えば演習中に、子どもが自分の解答を撮影し、AIに確認させます。
すると、
- 正誤判定
- 間違えた箇所の指摘
- ヒントの提示
まで行ってくれます。
さらに、
「あなたは小学校○年生の算数教師です」
「答えは教えずヒントを出してください」
「小学生にも分かる言葉で説明してください」
といった指示を事前に設定しておけば、子どもにとって非常に使いやすい学習支援ツールになります。
もちろん、AIだけで教育は成立しません。
教室を歩き回り、支援が必要な子どもに声をかける教師の役割は今後も不可欠です。
しかし、
「少しだけ確認したい」
「ここだけ分からない」
という子どもたちがすぐにフィードバックを受けられることは大きな意味があります。
AIは教師を代替するものではありません。
教師の時間を生み出し、本当に支援が必要な子どもに教師が集中できる環境を作るものです。
AIで考える力は失われるのか
生成AIの活用については、
「考える力がなくなるのではないか」
という懸念もあります。
しかし私たちは今、スマートフォンを使い、パソコンを使い、インターネットを使っています。
もし本当に便利な道具を使うこと自体が悪いのであれば、スマートフォンを捨ててガラケーに戻るべきでしょう。
しかし現実はそうなっていません。
重要なのは使うか使わないかではなく、どう使うかです。
新しい技術は試しながら改善していくものです。
課題が見つかれば修正する。
それを繰り返して進化していく。
教育も同じではないでしょうか。
教育の主役は子どもである
「子どもは教えない方が伸びる」
そんな言葉を耳にすることがあります。
赤ちゃんは誰かに教えられなくても歩こうとします。
本来、人は主体的に学ぶ存在です。
しかし大人が枠を作り、正解を与え続けることで、その主体性を奪ってしまっている部分もあるのではないでしょうか。
私たち教師は、自分たちが受けてきた教育を無意識に継承しています。
しかし子どもたちが生きる未来は、私たちが育った時代とは大きく異なります。
だからこそ、教師自身も変化し続ける覚悟が必要なのだと思います。
あなたはファーストペンギンになりますか
新しい教育には必ず批判があります。
理解されないこともあります。
失敗もあるでしょう。
それでも最初の一歩を踏み出す人がいます。
「ファーストペンギン」と呼ばれる存在です。
その一人がいるだけで、学校の文化は変わります。
誰かが変えてくれるのを待つのか。
それとも自分が一歩を踏み出すのか。
子どもたちの未来のために。
誰一人取り残さない教育のために。
あなたは誰かにファーストペンギンになってもらいますか。
それとも、あなた自身がファーストペンギンになりますか。
私は、ぜひ一緒に挑戦する仲間が増えてほしいと願っています。


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