第1章|生成AIとの出会いと、推進者としての始まり

「AIとの出会いは、Midjourneyからでした。」
私が最初に生成AIを使ったのは、Midjourneyという画像生成ツールでした。展覧会の題字ポスターを作る際、作品のコンセプトに合った背景画像をオリジナルで作成する必要があったのです。私はもともと絵や図を描くのが得意ではありません。でも、Midjourneyはその苦手を“驚くほどのクオリティ”で補ってくれました。
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もちろん、最初からうまく使いこなせたわけではありません。プロンプト(指示文)の書き方も試行錯誤の連続で、時間もかかりました。しかも英語。それでも、「自分では表現できないものをAIが描いてくれる」という体験は、まさに目から鱗でした。AIと一緒に創る世界の可能性を初めて実感した瞬間だったのです。
ChatGPT(3.5)の爆誕
そんなタイミングで、日本でChatGPT(3.5)が爆発的に話題になりました。ちょうどその頃登場していた他のAI──Geminiの前身であるBardなど──は正直、性能に難がありました。結果として「ChatGPT一強」と言われる時期が続き、私も自然と文章生成AIに関心を持つようになっていきました。
ちょうどその時期、Googleスプレッドシート×Apps Scriptの開発で校務のデジタル化を進めるべく取り組んでいた私は、ChatGPTが出力するコードの正確さ・早さに驚きながらも、少しずつ実務に取り入れていきました。この取り組みが結果として、ICT担当としての私の立場を確かなものにしたのです。
ChatGPTを使って作成した欠席フォームとデジタル保健版がこちら↓
当時、職場の多くの先生方はまだタブレット操作の初歩を習得している段階でした。導入されたアプリの基本的な使い方を学んでいる最中で、生成AIなどは「未来の話」という認識が大半。それでも私は、AIがこれからの私たちの生活と教育に不可欠な存在になる未来はそう遠くないと確信していました。
実は私は、もともとiPhoneなどのデジタル機器に強く、情報リテラシーにも関心が高い方でした。だからこそ、AIが教育現場に必ずやってくると予感できていたのです。そして思いました。
「タブレット端末の導入の時のように、わからないことだからけで教師は指導することができないから使わせないという、同じ失敗を繰り返してはいけない。」と。
子どもたちにAIとの向き合い方を教えるには、教師自身がその先を見ていなければいけない。使い方を知るだけではなく、リスクや情報の正確性、信頼性についても伝える必要があります。だから私は、業務・ICT・そしてプライベートまでも生成AIを活用する生活にシフトしていきました。
スリーステップ導入戦略:「知る」「使える」「使いたくなる」
ICT担当として、生成AIをどう現場に根づかせていくか。ここには相当な工夫が必要でした。便利さを紹介するだけでは、先生方は動きません。実際、AIという言葉はほとんどの先生が知っています。けれども、使っていないには理由があるのです。
そこで私は、3つのステップで進めました。
①「まず知ってもらう」
・休憩時間など15分以内で終わる体験会
・校内研修を活用して体験型研修を開催
・業務で使っている様子や成果の紹介(随時)
②「使える環境を整える」
・Googleアカウントでの導入方法
・初心者が気をつける使い方を全体共有
・校内外やビジネス社会での使用事例の情報蓄積と共有
③「使おうとする人を全力で支える」
・“一緒に作業する”という伴走型の支援
・困ったときにこの場ですぐにサポート
・「小さな成功体験」を一緒に喜ぶ
このステップを丁寧に踏むことで、「AIなんて無理」と思っていた先生方も、少しずつ活用しはじめました。大事なのは、0を1にするということ。最初の一歩さえ踏み出せれば、次の一歩はもっと軽くなるのです。
生成AIが登場する前の学校の働き方
生成AIを活用する前、私たちの学校の働き方は“アナログの連続”でした。
- 朝の欠席電話連絡、連絡帳
- 保健簿への記入と移動
- 手書きの諸々の確認表
- 紙ベースの集計作業…
朝から教室と職員室を行ったり来たり、昼休みにはデータ整理、夕方にようやく机に座って残業…。非効率な移動と確認の繰り返しで、働き方改革とは程遠い日常が当たり前でした。
しかし今、我が校の全職員の平均残業時間は10時間台。地域の他校と比べても、かなり短く抑えられています。これは生成AIやICTを活用した自動化や仕組みによる業務改善の成果です。そして、まだまだ改善の余地はあります。
これからの業務改善は“生成AI”だ
今後は、生成AIの活用が学校改革の鍵を握ります。
行事の通知文・依頼文の作成、通知表の誤字脱字チェック、プレゼン資料作成、画像生成、チャットボット作成…。すでにさまざまな場面で効果を実感しています。
「早い」 「クオリティが高い」 しかし「最終チェックは人間がする」
これが私たちがたどり着いた生成AIとの向き合い方です。
第2章|「これ、AIに任せられるな」と思った瞬間たち

生成AIを使い始めて、教師という仕事の中で「これは任せていい」と思える場面がいくつも出てきました。とくに強く感じたのは、「個性が必要ないのに、毎回ゼロから書いている定型業務」の存在です。
たとえば、校外学習や行事への「通知文」や「依頼文」、そして「保護者への連絡文」。これらはは個性的出なくていいので、基本の構成や文面は大きく変わりません。伝わることが大切な文章です。にもかかわらず、毎回文頭のあいさつから本文、締めまでを自力で作成していて、言い回しなどきになりだすと、地味に時間を費やしていました。
ChatGPTを使ってみて、それが一瞬。「これこそAIに任せるべき仕事だ」と実感したのです。条件や概要だけ入力すれば、一瞬で骨組みが出てきて、あとはそれを調整すれば完成。もしくは自分で音声入力などで喋って整形させるという方法も。オリジナリティや細やかな配慮が必要な部分だけに集中できるようになり、効率も精度も格段に上がりました。
「定型文」はAIの得意分野
- 行事の依頼文・通知文
- 保護者向けアンケート案内
- 学級通信や学年通信の冒頭あいさつ
- 行事後の御礼状や振り返り
こうした、ある程度パターンが決まっている文書については、AIにベースを書かせた上で微調整することで、時短かつ高品質な仕上がりを実現できます。
また、行事アンケートの集計と要約も有効な活用例です。自由記述のデータをスプレッドシートで整えたうえでChatGPTに貼り付け、要点や傾向を要約させるだけで、報告資料の土台があっという間にできあがります。
研修などの報告書についても、形や言い回し、構成まで思うままに私は自分で入力したものを、一瞬で生成AIに整形させています。何かとこだわれば時間のかかるものですが、こだわらずにあっという間に完成させ、クオリティも伝えたいことも担保されるので重宝しています。
授業づくりの“壁打ち”パートナーとして
授業準備の中でも、「ChatGPTがいてくれてよかった」と思ったのは、たたき台づくりの場面でした。
- 子どもの反応を予測してみる
- 発問の組み立てに相談する
- 指導案に添える文書や教材文のブラッシュアップ
たとえば、自分が書いた導入の説明文をそのまま入力して「もっと小学生にも分かるように書き直して」と依頼すると、たった数秒で分かりやすく整えてくれます。これは特に、国語や道徳の授業準備で重宝しています。
劇の台本を“たたき台”から一緒に作った話
私が授業で特に便利だったと感じたのが、子どもたちと作る物語や劇のシナリオ作成です。
あるとき、子どもたちが「劇をやってみたい!」と声を上げたのですが、実際に話を作る時間がとても限られていました。そこで、ChatGPTに以下のように依頼してみました:
「登場人物5人、〇〇の活動紹介がテーマで、5分程度の劇の台本を作ってください。例えば次のような活動をしています。〜」
結果は驚くべきもので、たった数十秒で構成の整った物語が生成されたのです。しかも、子どもが理解しやすい言葉で、話の展開にも無理がありません。
もちろんそれで終わりではありません。
そこから子どもたちが「このセリフを変えたい」「ここに自分の考えたキャラを入れたい」と意見を出し合い、台本は少しずつ“自分たちの物語”になっていきました。まさに、生成AIが時間の壁を突破する“たたき台づくり”の力を発揮してくれた場面でした。
業務の自動化が「働き方改革」の核心
最も実感を持って「AIが仕事を変えた」と思えたのは、やはり校務の自動化です。
私が取り組んだのは、Google WorkspaceとApps Scriptを用いた自動化ツールの開発でした。ChatGPTは、スプレッドシート関数の生成や、Apps Scriptでのコード生成・デバッグに非常に役立ちました。
実際に自動化されたもの
- Googleフォームで集めた欠席連絡から、各クラスの保健板を自動生成
- 保健板の未確認者に自動でChat通知を送信
- 提出物の締切日をChatで自動リマインド
- 体育祭の得点をスプレッドシートに入力するだけで自動集計
これらは一つ一つが大きな改革ではありませんが、日々の積み重ねで職場全体の残業時間を削減し、効率的な働き方の基盤になっています。
AIは「使い倒す」くらいがちょうどいい
そのためには、ただツールを紹介するだけでなく、「どう伝えるか」「どう巻き込むか」の戦略が不可欠です。私自身がこれまで取り組んできたことを、いくつかの観点から紹介します。
授業・校務・通知文・創作活動――あらゆる場面で、生成AIは教師の力を引き出すパートナーとして機能します。
- 「考えるヒント」が欲しいとき
- 「下書きが面倒」なとき
- 「アイデアが尽きた」とき
- 「文章を整えたい」とき
- 「業務をラクにしたい」とき
そう思ってもらえるように、焦らず、でも着実に、地道に広げていくことが最終的な普及への近道です。
こうしたすべての瞬間において、AIは頼れるツールです。大切なのは、「人間の代わり」ではなく、「人間を支える役割」として活用すること。
第3章|なぜ、こんなに便利なのに「使わない先生」が多いのか?

生成AIはここまで便利で、教師の業務を大きく助けてくれる存在です。それなのに、現場ではまだまだ「使っていない先生」の方が多いというのが実情です。便利さは伝わっているのに、なぜ使わないのか?
私は、現場のICT担当として多くの先生方と関わる中で、次の3つの理由があると考えるようになりました。
1. 「今のやり方でもなんとかなっている」
最も多く見られるのが、キャリア10年以上のベテランの先生に多い傾向です。
これまで培ってきた指導法や業務の進め方が、すでに自分の中で確立されていて、生成AIやICTがなくても「なんとかできる」状態。つまり、そこまで困っていないのです。
たとえば、ChatGPTに入力して文章を生成させただけの“それなりの文章”は、今後どんどん価値が薄れていくでしょう。
ただの文章生成ではない、「あなたらしさ」「個人的な体験」「深い考察」が求められる課題 誰が出しても同じようなアウトプットになるものではなく、「人間らしさが問われる」課題
加えて、そういった先生方は「使うと得られるもの」だけでなく「使って失敗するリスク」も冷静に見ていて、「得より損が大きいかもしれない」と考える傾向があります。けれども、どれだけ経験を積んでいようと、これからの教育では生成AIを使いこなすことが避けて通れない課題です。
ベテランの先生に火をつけるには?
- 「子どもの前で失敗したくない」という心理的ハードルを取り除く
- ICTやAIに関することは“自分が全力でサポートする”という信頼関係を築く
- 「簡単に使える」「効果が大きい」小さな一歩から体験してもらう
私はまず、その先生との日常的なコミュニケーションを重ね、「困ったらこの人に頼めば大丈夫」と思ってもらえる関係づくりから始めました。そして、とにかく「簡単にできる・すぐ結果が見える・失敗しにくい」スモールステップから導入しています。
2. 「忙しすぎて新しいことを始められない」
もう一つ大きな要因は、「とにかく時間がない」という現実です。
とくに若手や中堅の先生方は、授業、学級経営、校務分掌、保護者対応…と毎日目の前のことに追われており、新しいことに手を伸ばす余裕がないのです。
彼らにとって生成AIは「良さそうだけど、始めるのが大変そう」「下手に手を出して余計に忙しくなったら困る」という認識になってしまいがちです。
若い先生たちは、スマホには慣れていても、意外とパソコンやスプレッドシートが苦手ということもあります。「ICTに強そう」に見えて、実はそうでもない。そのため、ChatGPTのようなAIは“専門知識が必要なツール”と思い込み、手を出さないケースも多いです。
この層には、「これを使うと自分が楽になる」「時短できる」「面白い」というポジティブなベネフィットを、実例とともに見せていくことが必要です。
- 授業準備が10分短縮できた
- 挨拶文のテンプレを3分で完成させた
- 児童の台詞入り劇の台本が一瞬でできた
こうした小さな「得する体験」を繰り返すことで、少しずつ活用が広がっていきます。
3. 「リスクへの漠然とした不安」
そして、使わない先生に多いのが、個人情報や著作権などの“リスク”への不安です。
「どんな情報を入力していいの?」
「著作権はどうなる?」
「ネットに漏れるのでは?」
こうした疑問や不安に、明確な回答がないと、先生たちは「使わない」ことを選びます。特に真面目な先生ほど、この“わからない”が大きなブレーキになります。
「絶対にダメなことだけ明確にする」
生成AIに関しては、「ここだけはNG」というポイントを絞って伝えるのが効果的です。
例えば
- 個人情報は入力しない
- 生成されたものを鵜呑みにしない
これさえ守ればOK、というシンプルな基準を示すことで、安心して第一歩を踏み出せるようになります。
チームで支える:ICT推進委員会の立ち上げ
私一人で全ての先生のサポートをするのは限界があります。そこで私は、各学年から「ICTに関心のある先生」「これから使いそうな先生」を選出して、ICT推進委員会を立ち上げました。
隣の席の先生に気軽に聞ける、という“距離の近さ”が大きな効果を生んでいます。私自身もその先生たちと連携しながら、「自分だけで背負わない体制」を作っていきました。
“広げる”には「焦らない」ことがいちばん大事
便利で、効果的で、しかも楽になる生成AI。でも、導入には“時間がかかる”のが現実です。
「使ったら便利」
「やってみたら簡単」
「知ってよかった」
強制ではなく、「使いたくなる空気」をつくること。これが、ICT担当として私が一番大切にしていることです。
第4章|広げるには“仕掛け”が必要:同僚・管理職・教育委員会との協力戦略

生成AIやICTの活用を学校現場で広げていくためには、「自分が使いこなせる」だけでは足りません。周囲と連携し、「使える先生」「理解しれる管理職」「後押ししてくれる教育委員会」と共に進めていく必要があります。
1. 導入の“必要性”と“手軽さ”をセットで伝える
先生方に生成AIを紹介する際に大切にしているのが、
「これはあなたの今の業務に関係がある」
「少し加えるだけで楽になる」という2つの視点です。
単なる技術の紹介ではなく、「今、先生が困っていること」と結びつけることで、“自分ごと化”が進みます。加えて、「今あるツール(iPad・Google Workspace等)に“ちょい足し”するだけで実現できる」という導入のハードルの低さを強調することで、「ちょっとやってみようかな」という気持ちが生まれます。
2. 「体験してもらう場」を計画的に仕掛ける
説明だけではなかなか広がらない。そこで私は、実際に触れてもらう機会を意識的に用意しています。具体的には以下の2つのタイプの研修を行いました。
OJT研修との連携
校内で行われる若手育成を目的としたOJT研修に、校内の全ての先生向けにICT体験の時間を組み込む形を取りました。例えば、
- Canvaを使ったスライド・チラシ作成
- ChatGPTで例題としてレシピを考える指示を出してみる、またそれを画像生成してみる
- プレゼン資料を自動生成、アニメーションを自動でつける
など、実際に取り組みやすいインパクトのある内容や自分の業務と結びついた内容にすることで、理解と関心が高まりました。
“夕方15分”のミニICT研修
毎週決まった曜日に「夕方の15分間」を使って、職員室で実技研修を実施しました。テーマは「iPadの基本操作」「Classroomの使い方」「Formsでアンケート作成」など。気軽に立ち寄れる雰囲気づくりを意識しつつ、「参加してよかった」と思ってもらえるように工夫しました。
3. アカウント取得のハードルを下げる
ChatGPTやCanvaなどのツールを使い始めるには、まずアカウント作成が必要です。ここでつまずいてしまう先生も意外と多くいます。
「個人情報が心配」
「どのアカウントで登録すればいいの?」
「登録手順がわからない」
こうした不安を和らげるために、管理職・教育委員会に確認しながら公式のアカウント利用方針を確認し、安心材料を整えました。
アカウント作成の場面では、一緒に画面を見ながら登録をサポートすることが特に重要です。初めて使う人にとっては小さな一歩でも、信頼や安心につながる大きな要素になります。
4. 管理職との連携は「信頼」「根拠」「共感」
正直に言えば、管理職との相性やスタンスの違いは大きな影響を与えます。ICTや生成AIの導入に対して前向きな管理職もいれば、慎重で保守的な方もいます。
そうした管理職に対しては、次の3点を重視しています。
現状の課題と解決の方向性を“見える化”する
・業務時間の短縮の具体的なプランを簡潔に
・報告書作成の煩雑さの解消
・若手の育成負担
こうした問題に対して、「このように生成AIが解決できます」という提案を資料やスライドも必要に応じて添付しながら示すことが効果的です。
リスク情報と出典の明示
生成AIには個人情報・著作権などの懸念もあります。それを「知っている上で安全策を取っている」という姿勢が、管理職の安心感につながります。特に、出典元や公的資料を示すことで信頼性を高めました。
エビデンスのある外部連携
EDIX東京やGoogleの公式ブースを訪れ、直接質問したり、担当者の名刺をもらったりすることで、「現場の声をもとに行動している」ことを伝える材料にしています。
5. 教育委員会へのアプローチは「戦略と時間」がカギ
学校単位ではある程度自由にできることも、教育委員会単位になると、一気に制度・予算・全体方針が関わってきます。
私も今、Google Workspace内でのGemini活用の提案を進めていますが、教育委員会との交渉は簡単ではありません。現場での実績があっても、「全体最適」としての判断が求められるからです。また他の部署との兼ね合いもあり、内容によっては市長や区長までの許可を取らなくてはならない場合もあります。
ここで大切なのは、「拙速より確実」。教育委員会の立場や業務の重さを理解した上で、相手にとっての懸念やリスクを想像しながら慎重に提案していく必要があります。よく役所や組織の事情も汲まず、不平不満や要求ばかりを訴える人がいますが、同じチームであることを念頭に置いて良好な関係を築いて行ったほうがかえって近道となります。サービスや製品が優れていても、最後に判断をするのはヒトなのです。
「このICT担当が言うなら大丈夫」その信頼が鍵
ICTを広げていくためには、「道具の説明」以上に、「この人の言うことならやってみよう」と思ってもらえる人間関係と信頼構築が最優先です。
小さな体験から始める 使う人の立場に立ってサポートする 管理職や委員会には根拠と安心感を届ける
この積み重ねが、学校全体の風土を変えていきます。
焦らず、確実に。
「急がば回れ」の気持ちで、これからも一歩一歩広げていきたいと思っています。
第5章|「楽をしていいのか?」という真面目な問いと、これからの学びの形

教師が生成AIを前にしたとき、しばしば湧いてくるのが「本当にこれを使っていいのか?」という心のどこかに引っかかる疑念です。
便利なのはわかる、効率的なのも理解できる――それでもどこか引っかかる。
そんな声を耳にするたびに、私はこう思います。
「それは、教師が真面目だからこその葛藤なのだ」と。
“楽をすること”に対するブレーキ
先生方の多くは、「仕事は手をかけてやるもの」という価値観の中でキャリアを積んできています。だからこそ、「AIに任せて楽をする」という考えに抵抗感を覚えるのは当然のことです。
でも、私が伝えたいのはこういうことです。
「教師が生成AIを使うことは、子どものためになる」ということ。
生成AIを活用することで、先生自身が穏やかでいられる時間が増える。
教材研究や授業改善に費やす余裕が生まれる。
プライベートが充実し、教師としての経験値や感性が豊かになる。
結果的にそれは、すべて子どもの学びに還元されるのです。
“AIに丸投げ”ではなく、“AIと協働する”感覚を
こうした誤解や不安を和らげるために、私は「AIに任せる」ではなく「AIとともに働く」という表現を意識して使っています。
ポイントは3つです:
最初のアイデアや素材は“自分”が出すこと。 AIがそれを整えたり、広げたり、提案を加える。 最終判断と確認は“自分”が行うこと。
このプロセスを経ることで、生成AIは“自動作成マシン”ではなく、“頭の中の編集者”のような存在になります。主役は常に私たち人間であり、AIはあくまでパートナー。
この「コントロールしている感覚」こそが、先生方の安心と納得感を支える鍵です。
子どもたちの未来と、教師の責任
私たち教師が生成AIと向き合うことは、やがて子どもたちが生成AIと学び合う未来に直結します。
今後、子どもたちが生成AIを使うことが当たり前になったとき、私たちはどのような課題を与え、どのような評価をし、どのように支援していくのでしょうか。
生成AI“使用前提”の課題設計
もはや「AIを使わない前提」の課題は時代遅れになるかもしれません。
求められるのは、その先にある「あなたらしさ」や「思考の痕跡」です。
授業に求められる変化
それは当然、教師の授業づくりにも跳ね返ってきます。Googleでは生成AIの使える年齢制限をどんどん下げている傾向にあります。また、日本国内で既に生成AIを使った授業の実証モデルを進んでおり、一般的な生成AIとは違い、APIといって生成、AI技術だけをシステムに転用して、子供が使うようにカスタマイズされた独自の生成AIサービスを提供する企業もあります。
今後は、「生成AIがあることを前提とした授業設計」「生成AIとどう付き合うかを含めた情報モラルの指導」が必須になるはずです。
しかし現時点では、そうした授業はまだ少数です。推進校など一部の学校を除き、多くの公立学校では導入が進んでいません。文部科学省も方向性としては示しているものの、具体的なガイドラインや授業実践は現場任せになっているのが実情です。
現実に即した「生成AIガイドライン」の必要性
だからこそ、これから学校内で生成AIのガイドラインを作るのであれば、“現場目線”のリアルな内容であることが不可欠です。
- 使ってはいけない内容や場面(個人情報・不適切な文脈など)
- 使うときに意識すべきポイント(出力の精査・出典の確認など)
- 倫理的な判断とモラル(著作権・公正さ・学習目的の明確化)
この“使い方”だけではなく、“どこまで使っていいか”という倫理的判断の軸も含めて、ガイドラインに盛り込む必要があると考えています。
そして何より、そのガイドラインを作るのは、実際に生成AIを使っている人でなければならないのです。
善悪・思いやりといった「道徳」が問われる時代へ
これからの情報教育やAI活用の指導では、「これは技術の問題か?倫理の問題か?」という線引きがますます重要になります。
AIは正しそうな言葉で出力してきますが、その中には偏見や不適切なニュアンスも含まれているかもしれません。
だからこそ、“人としてどう扱うべきか”を問う道徳的な思考がますます大切になってくるのではないかと私は感じています。
教師が生成AIと正しく向き合うことは、子どもたちに“AIと共に生きる力”を伝えるための準備です。
そしてそのスタートは、日々の業務で生成AIを“実際に使ってみること”から始まるのだと思います。
第6章|「全部広めようとしない」でいい。ICT推進は、静かに波紋を広げるように

ICT担当として真面目に取り組めば取り組むほど、「学校全体で使ってもらわないと」「全員に浸透させなければ」という気持ちになるのは自然なことです。私自身もかつてそう考えていました。
でも今ははっきり言えます。
「無理に使わせようとしなくていい。」
この考えに至ったのは、私がGoogle Chatを校内で導入・推進しようとしたときの経験からでした。
最初は誰も使わない。通知をオフにする先生もいた。
Google Chatを使い始めた頃、私は主に自分からの連絡をそこで発信していました。けれど、通知をオフにする先生も少なくありませんでした。反応も薄く、「結局、誰も見ていないのでは…?」と思うこともありました。
でも、あるとき転機が訪れました。
ある体育委員の先生が、Google Chatで連絡をするようになったのです。
すると、それを受け取る他の先生たちは、手元のタブレットでその連絡を見ることになります。つまり、「受け取るだけ」の利用から自然と入り込み、徐々に「自分も発信してみようかな」という流れが生まれました。
波紋のように、自然に広がっていく
誰か一人が始め、それが自然な必要性とともに機能し始めると、無理に「使って」と言わなくても勝手に広まっていく瞬間が訪れます。
今では、以前まで公務支援システムで行っていた校務連絡も、ほとんどがGoogle Chatで完結するようになりました。理由は簡単です。
「そのほうが早くて、楽で、便利だから。」
推進とは、「便利であることが伝わる環境をつくること」。
そしてそのために必要なのは、小さな導入と、ゆっくりとした定着です。
“バトンを渡す”視点を持とう
私たち教師は、いつまでも一つの学校にいられるわけではありません。人事異動によって、数年ごとに新しい現場に移っていきます。
だからこそ、「自分がいなくなっても回る仕組み」「後任が引き継げる状態」を意識しておく必要があります。
私は、自分一人に頼らずに回るように、次のICT担当になりそうな先生に少しずつバトンを渡しています。
- 情報共有の記録を作っておく
- スプレッドシートで引き継ぎファイルを用意する
- 「○○のことはあの人に聞けばいい」というネットワークをつくっておく
こうした積み重ねが、「あなたの分身」を育てることにつながります。
あなたの分身が増えれば、推進は加速する
この“分身”は、あなたがその場を離れても残り続けます。
そしてその先生が、今度は別の学校で、また同じようにICTやAIの活用を広げていく。
結果的に、あなたが一校で始めた取り組みが、自治体を超えて、全国に広がっていく可能性を秘めているのです。
これは何も誇張ではありません。実際に、私の勤務校から異動していった先生方が、別の学校でもAIやICTを推進し始めています。これがまさに“連鎖”です。
だからこそ、大きな目標より「小さな種まき」を
ICT推進は、小さなことをコツコツ続けていくことの連続です。
「全員に使ってもらう」ことよりも、「自然と使いたくなる空気」をつくることが何よりも大切。
「使わなくてもいいけど、使ってみたら楽だった」
「なんとなく見ていたら、便利そうだったから始めた」
そんな自然な流れの中で、人は行動を変えていきます。
だからこそ焦らず、構えすぎず、波紋のようにじわじわと広げていきましょう。
あなたの取り組みは、誰かの未来につながっている
ICTの活用や生成AIの導入は、一人では成し遂げられません。
でも、一人から始めることはできます。
あなたが今日まいた小さな種は、明日には芽を出し、やがて誰かの背中を押す力になります。
その一歩を、大切に。そして継続的に。
第7章|AIが当たり前になる未来と、教師にしかできないこと
生成AIは、今後ますます社会のインフラとして教育現場に浸透していくでしょう。
それを疑う人は、もはやほとんどいません。
たとえば、これまで「人間にしかできない」とされていた記述式の答案の採点すら、AIによって自動化されつつあります。OCR(文字認識)の精度向上と、手書き文字をテキスト化する技術の進化により、子どもが紙に書いた解答をAIが読み取り、評価し、フィードバックまで返すという未来は現実になりつつあります。
その評価データをもとに、AIは次の学習課題を一人ひとりに合わせて作成するようになります。
- 苦手な単元に対する練習問題の出題
- 間違いのパターンを分析した“つまずきポイント”の補習
- 得意な分野に対する発展問題の提示
こうしたAIによる個別最適化された学びが当たり前になることで、「子どもに合った学び」の実現が現実のものになるのです。
教師の仕事は“効率化”されるだけではない
このような教育の変化のなかで、しばしば問われるのが
「教師にしかできないことは何か?」というテーマです。
AIがあらゆる業務を効率化し、事務作業や採点、教材作成までも担うようになる今、教師の役割はどうなっていくのでしょうか。
むしろ、教師の本質的な役割はより鮮明になっていきます。
子どもの表情や変化に気づき、寄り添うこと 間違いやつまずきの背後にある心理的要因に向き合うこと 「なぜ学ぶのか」「どう生きるのか」をともに考えること AIの出力をただ使うのではなく、「意味づける」力を育てること
これらは、どれだけ技術が進化しても人間である教師にしかできないことです。
ゲーミフィケーション×AIが導く、新しい学び
今後さらに進んでいくのが、学びの「ゲーム化」=ゲーミフィケーションの流れです。
すでに導入されている「カート式の教材」や「ポイント制のクイズアプリ」などに加え、AIが統合されていくことで、子どもたちの学習体験はより“楽しく、夢中になれる”方向へ進化します。
- 子どもの理解度に応じてレベルが上がる“AI型学習ゲーム”
- 勉強を進めることでストーリーが展開する“学習RPG”
- 成績や目標達成に応じた報酬設定やキャラ育成要素の導入
Canva AIなどではは、こうした“楽しく学べる仕掛け”を普通の学校の先生がリアルタイムで個別最適化して作成し提供することができるようになってきています。
つまり、AIとゲーミフィケーションの融合によって、日常的に学びが「やらされるもの」から「やりたくなるもの」へ変わっていくのです。
子どもたちに「AIの良き使い手」になってもらうために
これからの教育で私たち教師が果たすべき最大の使命は、「生成AIの良き使い手」を育てることです。
ただ使えるだけでなく、その出力をどう評価するか。どこまで鵜呑みにしてよくて、どこからが危険か。
著作権・個人情報・表現のモラルなど、AI活用に必要な判断力や倫理観を育てていく必要があります。
そのためにはまず、教師自身が生成AIを使いこなしていることが前提になります。
“人間らしさ”が試される時代に
ユヴァル・ノア・ハラリ氏の『サピエンス全史』では、
人類が他の動物と違う進化を遂げた理由は、
想像力があること 他者と協力できること
だと述べられています。
まさにこの“想像力”と“協力”こそが、AIにはできない、人間ならではの価値です。
私たちは今、子どもたちに「人間にしかできない学び方」を教える立場にいます。
AIをどう活用し、どのように社会に貢献していくか。
それを想像し、選び、責任を持って活用できる力を育てることこそ、教師の未来の仕事だと私は考えています。

サピエンス全史 上 文明の構造と人類の幸福 (河出文庫) [ ユヴァル・ノア・ハラリ ]

サピエンス全史 下 文明の構造と人類の幸福 (河出文庫) [ ユヴァル・ノア・ハラリ ]
おわりに|AIとともに、「創造」と「対話」に満ちた教育へ
生成AIが教育の現場に浸透するこれからの時代、
教師の役割は終わるのではなく、再定義されます。
- 教えるだけでなく、ともに問い、考える存在に
- 指導するだけでなく、個性を引き出すナビゲーターに
- 管理するだけでなく、社会の変化をつなぐ調整者に
教育の形は変わっても、人が人を育てる本質は変わりません。
その本質を忘れずに、私たちはAIとともに歩みながら、
より創造的で、より対話的な学びの場を作っていくべきなのだと思います。
一人の教師の一歩が、子どもたちの未来を変えていく。
そしてその一歩が、学校を、教育を、社会全体を少しずつ変えていく。
私たちの手の中に、未来があります。
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