教師こそAIを「使う側」になるべき理由

業務改善

生成AIという言葉を聞いたことがない先生は、もうかなり少なくなってきたと思います。

ChatGPT、Gemini、NotebookLM、GoogleのAIモード。名前は知っている。少し触ったこともある。けれど、日常的に仕事で使っているかと言われると、そこまではいっていない。

そんな先生は、まだまだ多いのではないでしょうか。

AIで恋愛相談をする。ちょっとした悩みを聞いてもらう。文章を直してもらう。分からないことを質問する。

そうした使い方も、もちろん悪くありません。

若い世代にとっては、友達や家族に相談しにくいことを、まずAIにアウトプットすることも自然な感覚になってきているのかもしれません。

最後まで話を遮られない。否定されない。肯定的に受け止めてもらえる。そう考えると、AIに相談したくなるのは当然です。

承認欲求というより、心理的安全性が満たされる感覚に近いのだと思います。

こうして、生成AIはすでに身近な生活の中に入り始めています。

そして、ここで大切なのは、AIが特別な人だけの道具ではなくなってきているということです。

検索そのものにもAIが入り、Google AIモードのように、調べる行為の中にAIが当たり前に組み込まれ始めています。

つまり、子どもたちも、保護者も、社会も、少しずつAIを使う前提に変わってきています。

そう考えると、教師が「自分は使わない」と決め込むことは、これからだんだん難しくなっていくのではないでしょうか。

もちろん、無理に高度な使い方をする必要はありません。

プログラミングを覚えたり、アプリを作ったり、専門家のようにAIを使いこなしたりする必要もありません。

でも、教師が自分の仕事の中で、AIをどう使えばよいのかを考え続けること。

そのスキルアップを止めないこと。

それは、これからの教師にとって、とても大切なことだと思います。

AIを使う目的は、楽をすることだけではない

生成AIを使えば、文章はかなり楽に作れます。

メール、依頼文、案内文、通知文、所見の下書き、説明資料のたたき台。

これまで時間をかけていた文章作成を、AIに手伝ってもらうことができます。

これは本当に便利です。

ただ、私はここで一つ立ち止まりたいと思っています。

AIを使う目的は、ただ楽をすることなのでしょうか。

もちろん、楽になることは大切です。

学校現場は、これまであまりにも多くの業務を抱えてきました。勤務時間の中に収まらない仕事があり、教材研究の時間も、子どもと向き合う時間も、家庭で休む時間も削られてきました。

だから、業務を効率化すること自体には大きな意味があります。

けれど、ただ「楽になった」で終わってしまうと、AI活用は少し表面的なものになってしまいます。

大切なのは、浮いた時間を何に使うのかです。

削った労力を、どこに戻すのかです。

教師にとってのAI活用は、最終的には、子どもと向き合う時間をつくるためにあるのだと思います。

そして、授業の質を高めるための教材研究の時間を取り戻すためにあるのだと思います。

「AIに任せてよいこと」と「自分が向き合うこと」を分ける

AIを使うときに大事なのは、何でもAIに任せることではありません。

AIに任せてよいことと、自分が向き合うべきことを分けることです。

たとえば、形式こそ大事な文章があります。

メールの文面、依頼状、招待状、案内文などです。

こうした文章は、もちろん失礼があってはいけません。必要な情報が抜けていても困ります。

しかし、毎回ゼロから自分で作る必要があるかと言えば、そうではありません。

形式が整っていて、相手に必要なことが伝わればよい文章もあります。

そこに何十分もかけるより、AIにたたき台を作ってもらい、自分で確認して直す方がよい場合があります。

一方で、AIに丸投げしてはいけないものもあります。

自分が本当に何を考えているのか。

子どもにどんな力を付けたいのか。

この一年でどんな教師でありたいのか。

そういう部分は、AIに任せるものではありません。

AIは、考えることを代わってくれる道具ではなく、自分の考えを整理するための道具です。

自己申告書は、AIを有意義に使える場面である

教師の仕事の中で、AIを有意義に使えるものの一つに、自己申告書があります。

自己申告書は、教育委員会にも提出する大切な書類です。

今年度、自分が何に取り組むのか。どんな目標をもって働くのか。どのように学校経営方針とつながっているのか。

それを書く必要があります。

若い頃、私はよく言われました。

「学校経営方針を読まずに、学年経営方針や学級経営方針、まして自分の目標など定まらない」

当時は、正直そこまで実感できていませんでした。

でも今なら、その意味がよく分かります。

自分がやりたいことだけを書けばよいわけではありません。

自分の実践が、学校全体の方針とどうつながっているのかを整理する必要があります。

ここで、NotebookLMのような生成AIツールが役立ちます。

学校経営方針を読み込ませた上で、自分が今年度やりたいこと、挑戦したいこと、自分の信念として大切にしたいことを入力する。

そして、学校経営方針と重なる部分はどこか。どのような言葉にすれば、自分の実践と学校方針がつながって見えるかを整理してもらう。

これは、単なる文章作成ではありません。

自分のやりたいことと、学校という組織の方針をすり合わせる作業です。

自分自身は、自分の信念に基づいて書いている。

でも、それが学校の方針にも沿っている。

そのことを確認し、言語化するためにAIを使うのです。

「昨年度と同じでいい」と考えることもできるかもしれません。

でも、私はそうは思いません。

一年に一度、自分が何をしたいのか、どんな教師でありたいのかに向き合う時間は、そう多くありません。

だからこそ、自己申告書はただの事務書類ではなく、自分の仕事を見つめ直す機会にした方がよいと思います。

教材研究の時間を取り戻すためにAIを使う

教師にとって、教材研究の時間はとても大切です。

世の中には、教材がたくさんあります。

ワークシート、スライド、指導案、動画、授業アイデア。インターネット上にも、たくさんの素材があります。

けれど、それをそのまま使えば、目の前の子どもたちに合った授業になるわけではありません。

たとえば国語の物語教材なら、教師自身がその物語を読む時間が必要です。

どこで子どもがつまずくのか。

どの言葉に立ち止まらせたいのか。

どんな問いを投げかけると、子どもの考えが深まるのか。

そういうことは、教材と向き合わなければ見えてきません。

私自身、若い頃は正直、授業の時間になって初めて教材文を読むような形で物語を教えていたこともありました。

でも、それはやはり大きな矛盾です。

その物語を深く知らない教師が、その物語を使って子どもたちに考えさせる。

それでは、授業は深まりません。

だからこそ、教材を読む時間、子どもの実態に合わせて授業を考える時間を確保しなければならないのです。

そのために、機械にできることは機械に任せる。

生成AIを使って、事務作業や形式的な文章作成の時間を減らす。

そして、その分を教材研究や子ども理解に戻す。

これが、教師にとっての生成AI活用の大きな意味だと思います。

機械にできることは機械に任せ、自分にしかできないことに時間を使う

よく「AI時代には、人間にしかできないことを大切にしよう」と言われます。

もちろん、それはその通りです。

でも、私はそこからもう一歩進めて考えたいと思っています。

大切なのは、「人間にしかできないこと」だけではありません。

もっと言えば、「自分にしかできないこと」に時間を使うことです。

同じ教師でも、得意なことも、大切にしていることも、子どもへの関わり方も違います。

教材を深く読み込むことが得意な先生もいれば、子どもの小さな変化に気付くことが得意な先生もいます。

学級の空気をつくるのが上手な先生もいれば、ICTを使って周りの先生を助けることが得意な先生もいます。

先生一人ひとりに、その先生だからこそできる関わり方があります。

だからこそ、形式を整える作業、毎回同じように繰り返す作業、時間だけがかかる事務作業は、できるだけ機械に任せてよいと思うのです。

その分、自分にしかできないことに時間を使う。

自分だから気付ける子どもの姿を見る。

自分だから考えられる授業をつくる。

自分だから届けられる言葉を子どもにかける。

自分だから支えられる先生を支える。

生成AIは、人間らしさを薄めるものではありません。

むしろ、自分らしい働き方や、自分らしい教育実践を取り戻すための道具です。

機械にできることを機械に任せるのは、手を抜くためではありません。

自分にしかできないことに、全力を注ぐためです。

使わない選択肢は、だんだん取りにくくなっている

生成AIに抵抗を感じている先生は、まだまだいると思います。

何となく怖い。

間違った情報を出すのではないか。

子どもが考えなくなるのではないか。

自分には難しそうだ。

今までのやり方でも何とかなっている。

そう感じるのは自然なことです。

私も、無理にすべての先生がすぐにAIを使いこなすべきだとは思いません。

ただ、これから先、完全に使わないままでいる選択肢は、だんだん取りにくくなっていくと思います。

なぜなら、AIは特別なアプリの中だけにあるものではなくなってきているからです。

検索の中にも入り、スマートフォンの中にも入り、文書作成や資料作成、情報整理の中にも入ってきています。

子どもたちも、保護者も、社会も、少しずつAIを使うことが当たり前になっていきます。

その中で、教師だけが「分からないから使わない」「怖いから見ない」と言い続けることは、やはり難しくなっていくのではないでしょうか。

これは、教師が無理をして流行に追いつかなければならないという話ではありません。

子どもたちが生きていく社会を、教師自身も理解しようとする必要があるという話です。

子どもたちに情報活用能力を育てたいなら、教師自身も情報を活用する姿勢をもち続ける必要があります。

子どもたちに学び続ける力を育てたいなら、教師自身も学び続ける姿を見せる必要があります。

だから私は、教師には「スキルアップしない」という選択肢は、あまりないのではないかと思っています。

もちろん、急に専門家になる必要はありません。

でも、少しずつ触る。

失敗しながら使う。

自分の仕事の一部に取り入れてみる。

その積み重ねが、これからの教師に必要なスキルになっていくのだと思います。

提供される側で終わらず、使う側になる

SNSなどを見ると、AIを使った便利なツールやプロンプトがたくさん紹介されています。

「このアプリを使えば簡単です」

「このプロンプトを入れれば授業案ができます」

「このツールで所見が作れます」

もちろん、それらを使うことはよいことです。

便利なものは、どんどん使えばよいと思います。

ただ、そこで終わってしまうと、いつまでも提供される側のままです。

私は、先生たちには、もう一歩進んでほしいと思っています。

自分の学校の実態に合わせてAIに頼む。

自分の学級の子どもたちに合わせて教材を考える。

自分の分掌業務に合わせて、作業を整理する。

自分の悩みや課題に合わせて、AIに相談する。

つまり、AIを自分の目的のために使う側になるということです。

誰かが作ったものを使うことも大切です。

でも、自分で使い方を考えられるようになると、AIは一気に仕事の味方になります。

ICT主任として感じる、学校全体での小さな効率化の意味

私はICT主任として、管理職と一緒に働き方改革を進めています。

欠席連絡の仕組み、情報共有の仕組み、Googleフォームやスプレッドシートの活用、ポータルサイトの整備。

そうしたICTによる業務改善を進めてきました。

ただ、正直に言えば、私自身にとっては働き方改革になっていない面もあります。

仕組みを作るには時間がかかります。

教材研究に使いたかった時間を、ICTの整備や業務改善に使うこともあります。

それでも、学校全体で見れば意味があります。

もし一つの仕組みによって、先生一人あたり毎日一分の時間が削減できるとします。

それを人数分で考える。

さらに日数分で考える。

すると、学校全体では大きな時間削減になります。

一つひとつは小さな改善でも、積み重なれば、学校全体の余裕につながります。

先生たちの体力や気持ちに余裕が生まれる。

職員室で子どものことを話す時間が増える。

教材について相談する時間が増える。

自分の教養や趣味の時間をもてる。

そのすべてが、最終的には子どもたちに返っていきます。

働き方改革は、ただ早く帰るためだけのものではありません。

教師が教師らしく働くためのものです。

そして、子どもたちによりよい教育を返すためのものです。

生成AIは、教師の仕事を奪うものではない

生成AIは、教師の仕事を奪うものではありません。

むしろ、教師が本当に大切にしたい仕事に戻るための道具です。

子どもと向き合う。

教材を読む。

授業を考える。

子どもの実態に合わせて支援を考える。

職員室で先生同士が話し合う。

保護者や地域と丁寧につながる。

そういう時間を取り戻すために、AIを使うのです。

AIを使うことは、教師の専門性を下げることではありません。

むしろ、教師の専門性を本当に必要なところに集中させることです。

だからこそ、AIをただの便利ツールで終わらせてはいけません。

AIを使って、自分の時間の使い方を見直す。

AIを使って、自分の仕事の目的を見つめ直す。

AIを使って、自分にしかできない教育実践に力を注ぐ。

そこに、これからの教師のAI活用の意味があるのだと思います。

まとめ:教師こそAIを使う側になろう

生成AIを知っているけれど、まだ使っていない。

少し触ったけれど、仕事に使うほどではない。

そんな先生にこそ、私は伝えたいと思います。

いきなり高度な使い方をする必要はありません。

プログラミングを覚える必要もありません。

専門家になる必要もありません。

まずは、自分の仕事の中で、少しだけAIに任せられることを探してみる。

メールの下書きでもいい。

依頼文のたたき台でもいい。

自己申告書の整理でもいい。

教材研究の視点出しでもいい。

大切なのは、AIに使われることではなく、AIを自分の目的のために使うことです。

機械にできることは、機械に任せる。

そして、人間にしかできないこと、さらに言えば、自分にしかできないことに時間を使う。

子どもを見る。

授業を考える。

自分の言葉で語る。

自分だからできる関わりをする。

生成AIは、その時間を取り戻すための道具です。

教師がAIを使う側になること。

それは、これからの学校で、子どもたちと向き合い続けるために必要な学びなのだと思います。

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